不思議とザンビアに引き寄せられる件 Reクリエイトの諸々 代表北川哲平の諸々

 

北川が経営コンサルになりたいと思ったのは、
高校3年生の時に受けた大学入試センター試験の2日目の朝からなんですが、
それまでは『科学者』になることが夢で、広島大学工学部に入るため勉強してました。
センター試験の1日目にある英語の点数が合格ラインに達していないことを翌日の新聞の朝刊で知りまして、ショックで2日目の試験は受けに行けませんでした。

北川は学生時代、警察のお世話になるようなことも多々ありまして、周りや親に迷惑ばかりかけていました。それでも自分を信じていてくれる母親の存在があって、
自分は一回死んだものとして、これからは人の役に立つことをしようと考えられるようになりました。

どうせやるなら広く大きく人の役に立とうと思い、
自分がそこにいないと成立しない仕事では、物理的に成果が限定されるので、
自分が開発した人の役に立つ商品が、広く世の中に広がっていけば良いなと考えたことから、科学者を目指してました。

学生時代の北川の考えでは、
理系の世界は、良い国立大学に行って、優秀な研究チームに入らないと、
最先端の研究はできず、それ以外の人は、最先端の人たちが発見し確立した技術を活かす仕事をしていると思ってました。

確立されたものを活かしていく仕事も大切ですが、当時自分は発見し確立する人になりたいと考えてまして、地元の広島大学に入るために自分なりには頑張りました。 ただ英語がダダスベリしてました☆彡

受験しなかった試験日2日目は家に籠って考え事してました。
そして出した結論は、
自分が優秀じゃないなら、
優秀な人が開発した商品を広げる側に回ろう。
より大きく人の役に立つなら、会社の単位にも捉われない動き方がしたい。
だったら経営コンサルって良いんじゃないかな。って感じです。

センター試験1日目までは理系志望でしたが、
2日目から文系志望に切り替えました。

家に籠りつつ、これらのことを踏まえ、母親に相談しました。
私立の大学には、理系の教科だけで受験ができる経営学部の大学があるので、いくつか受験させてほしい。(一応、初日にあった化学と数学のセンター試験は満点が取れてました(^^)v)

結果として、立命館大学 経営学部 経営学科 経営戦略コースというところで、お世話になりました。

とココまでは、数年前の投稿でも同様な話は書いたこともあったんですが、

大きく人の役に立つ方法って無限にあると思いますが、
なんで科学者って言いだしたんだろうって考えることがあったんです。
自分でも理由が分かってませんでした(^^ゞ

そこで思い出したのが、
「ふしぎの海のナディア」というNHKで、北川が小学生のころに放送されてたアニメです。

時は西暦1889年、
世界中で戦争が起こっていて、海では謎の怪獣による船舶遭難事件も相次ぐ混迷の時代。

自分の生まれも知らないままサーカス団に拾われた「ナディア」という女の子がいて、
その子は親と生き別れた時に預けられた、ブルーウォーターという宝石をひと時も肌身離さず持っていた。

ある日、その宝石を狙う悪人たちが現れ、執拗に追われていく。
その逃げている過程の中、フランスで「ジャン」という発明好きの科学者の少年と出会い、ジャンはナディアに協力することを決め、彼女の故郷と思われるアフリカに連れて行くことを目標にする。

あらすじ的には、こんなアニメですが、
北川はこのジャンに影響を受けて、科学者を夢見ていたことを最近気づきましたw

懐かしくなって、主題歌のCDを買いまして、
今それを聞きながら投稿を書いてます ^^) _旦~~

ナディアを思い出したことで、アフリカに行ってみたいなと思うようになってしまいました☆彡

北川の会社は社訓として、

『ひとりで走れば早く走れる、
みんなで走れば遠くまで走れる。』

という言葉を設定してるんですが、
この経営理念は、アフリカのザンビアという国のことわざを和訳したもので、
7年前の会社設立当時、たまたまラジオから聞いたこの言葉に感銘を受けて以来ずっとこの言葉を大切にしています。

なんでも自分でやった方が早いんですが、
個人で達成できる成果はたかが知れてます。
困難な道を選んででも、みんなが一緒になることで達成できる成果っていうのは、大きな広がりを持つと信じています。

会社設立以来、北川個人としては経営コンサルの事業が順調中の順調で言うこと無いんですが、姫路という一地方都市のその中のごく一部の方々の役には立てている自負はありますが、北川個人ではこれ以上の広がりを持つことはできません。

ただ幸いにも、
当社も優秀なスタッフがどんどん集まって頂いてまして、次のステージへの準備が着々と出来ていってます。
それと何よりありがたいのが、北川自身の時間も投資に回せる時間が増えてきました。

これからこそ、この経営理念を大切にしなければならない。
と意識する中で、ちょっと来年あたりザンビアに行ってみようかなと考えてたところだったんです。

そしたらまさか!

ザンビアで支援活動をされているという方が目の前に現れるじゃないですか!

つい先週あった大中さんのパーティーで、同じテーブルでお食事させて頂いた中田俊さんという京都で税理士をされている方です。

来年も夏にはザンビアに行かれるとのこと。
北川もまさかザンビアに行こうと思っていたことを伝えたところ、同行させて頂けることになりました☆彡

中田さんとのザンビア談義の前は、ただザンビア観光に行って終わりだったと思いますが、
何か引き寄せられているようなものを感じます。

自分も何かザンビアに貢献できることがあれば、ぜひ行動を起こしたいと考えています。

ただお金や物資を渡すことはしようと思ってません。

現地に行くまで、はっきりしたことは言えませんが、
現地でビジネスを起こして、雇用創出という形で貢献できれば北川っぽいのかなと考えてます。

話は若干変わりまして、

実は本日より、フィリピンの方が当社に入社頂いてます。
現在は東京在住ですが、数年内にフィリピンのダバオに戻られるとのことです。

北川の会社のスタッフは、在宅勤務が基本で、
週何十時間の勤務をしてもらうかは決めますが、
勤務日も勤務時間もその週の中では自由に設定してもらってOKなので、
フィリピンで仕事しようが、日本で仕事をしようが、時差すら関係ありません。

東南アジアの中でも、経済発展はこれからという途上国で、
フィリピンの中でも、マニラやセブと比べ、ダバオは仕事もあまりなく比較的貧しい地方都市の1つのようです。

今日から入社なので、本当まだこれからですが、
このスタッフの方と出会えたことで、フィリピンでも現地法人を持つ可能性が出てきました。

というのが、
北川の夢のひとつに『眠らない会社をつくる』というものがあります。
(数年前の投稿をご覧になった方もいるかもしれませんが(^^ゞ)

当社がやっているWEB事業は、
パソコンとインターネットだけあればできる仕事なので、
世界に拠点や、スタッフがいて頂けることで、24時間眠らない会社が作れるんじゃないかと目論んでますw

24時間眠らない会社にして、何か意味があるかと言われれば、
多少のブランド力アップや、他拠点との連携が取れれば納期の短縮などがメリットとしてはありますが、
そんなことより、シンプルにそんな会社があったら面白いと思うのでやってみたいですw

WEB事業を立ち上げて以来、
スタッフを増やしても増やしても、業務量がありすぎで、常に業務量があふれている状態の中で、運営してしまっている状況です。
なのに、まだまだ実現したいアイデアは山のようにあるので管理者さえ増えれば、すぐにでも一気に増員したいくらいです。

今後も日本人の管理者も育成していきますが、
海外の方の管理者候補の方にも当社へ参加して頂きたく思ってます。

まだ、フィリピンを拠点のひとつにするかは完全に検討段階なので、
まだまだこれからという感じですが、
英語を公用語ないしは母国語に持つ国で、
地球をぐるっと繋ぐ連携をつくっていきたいと考えてます。

そして、まさかのザンビアも公用語が英語の国で、
ひょっとしたら、というか、できれば拠点の一つにしたいと思ったりしてます。

当社のWEB事業のジェネラルマネージャーになって頂いてるスタッフが、英語が非常に堪能で、あとは経営者である北川の語学力さえ身に付けば、かなり見えてきます☆彡

自分のためのビジネスだったら、稼いだら終わりですが、
人のためのビジネスって、人の役に立てる可能性がどんどんと広がっていって、想像するだけで改めて楽しいです。

『ひとりで走れば早く走れる、
みんなで走れば遠くまで走れる。』

出来るか出来ないは置いといて、
出来るまで挑戦してみます。

まさかのこの超長文を最後までご覧頂いている方がいるとしたら、
誠にありがとうございます<(_ _)>

過去と現在と未来の気分